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立川テント村事件 ~判決を受けての石埼学助教授の講義完全再現~ 【後編】
*長くて一つのエントリーに収まりきりませんでしたので、【前編】と【後編】に分割しました。





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で、さて、これでいいのかってことです、みなさん。

個々の住人じゃなくて、管理者の意思に反して立ち入ったら住居侵入罪になると言った場合
は、例えば、個々の居住者の意思っていうのは全く今回の判決は何も言わなかった。と、言う
ことは、例えばね、302号室の人は「嫌だな」と思ったとしても、202号室の人は「良いよ」と
言ってたとします。その場合にも、この個々の住人の意思を全く無視して、管理者が立ち入り
禁止にしちゃえば立ち入り禁止に出来るんです。

この判決の趣旨に従うと、僕が「良いよ」と言ってたとしても、大家さんが「この人は立ち入り
禁止だ」と言ったらば、それで住居侵入罪になってしまう、という論理なんです。

だから管理者の意思だけを問題にしたというのは、極めて問題なんです。少なくとも管理者の
意思と、個々の住人の意思とがどういった関係になるのかということをちゃんと立ち入って説明
するべきものなのに、そこもすっ飛ばしちゃったという判決です。

もう一つが、じゃあどうして三人の行為が管理者の意思に反したと言えるのか、と言ったらば、
官舎の入口あたりに「立入禁止」の掲示板があった。これで管理者の意思ははっきりしてる
から、「立入禁止」っていう掲示があったにも関わらず立ち入ったっていうのは管理者の意思に
反する立ち入りで違法な侵入だ、という風なことを東京高裁判決は言ったわけですね。

で、それが構成要件にあたる、まず、立ち入った場所が住居侵入罪の対象になる場所なのか
どうか。もう一つは「管理者の意思に反した」とはどういうことか、ということです。東京高裁の
判決は、「立入禁止」の掲示があったから、住居侵入罪、管理者の意思に反した、と言ったん
です。

しかし、今までの判例で、この程度の掲示で住居侵入罪は成り立たないってことははっきり
してるんです。このような掲示だけで「意思に反した立ち入りだ」と、「侵入だ」というようなのは
学説でもそんなのは殆ど無いです。

例えばね、逆に、最高裁の判決では、京王線の吉祥寺駅の構内でビラを配ったり、或いは
拡声器を使って演説をしたりした人が逮捕されて、刑法130条の後段の不退去罪に問われた
事件があります。いわゆる『吉祥寺駅構内ビラ配り事件』ていうんだけども、この事件の場合は
昭和59年に最高裁の判決が出てるんだけれども、この最高裁の判決でも、駅のところにビラ
配りなどをする為の立ち入りを禁止する表示があった、けれども、それだけでは侵入に
ならないとはっきり書いてあるんです。

で、吉祥寺駅の事件は、結局20分ぐらいに亘って駅の管理者が「退去しなさい!」「やめな
さい!」と警告をしたのに、それを無視して20分間ぐらい演説やビラ配りを続けたと。そのこと
によって不退去罪で有罪判決が出た事件です。

で、念のために、ビラ配りだろうがなんだろうが関係ないんです。要するに、管理者の意思に
反して、そういう「部外者立入禁止!」とかね、そういうのがあったら、ビラ配りだろうが誰かと
会いに行くんだろうが何だろうが、全部住居侵入罪になっちゃうっていう論理なんです。

しかも住人の意思を無視していますからね。ということは、敷地だろうが下の集合ポストだろう
がどこであろうが、ビラを配ったり、或いは何らかの理由で立ち入ったら全部住居侵入罪に
なってしまうということで、この判決の趣旨に従うと、およそ管理者の承諾を得ないで集合住宅
の敷地とか共有部分に立ち入ったら全部犯罪だということなんですね。

甚だしく乱暴な論理だと僕は思っています。

しかもこの事件、自衛隊員っていっても、ここの官舎では住人同士の交流もほとんど無かった
らしいんですね。ってことで、住人からものすごい苦情が出ていたという訳でもないんです。

で、被害届が住人から警察に出されてるんですね。これ、第一審の公判でハッキリしたんだけ
ども、証人になった自衛官が自ら「警察から「被害届を出せ」と言われたからだしたんだ」と。
で、「どうやって被害届を出したんですか」って訊いたら「警察官が職場に来て、もう被害届は
出来上がっていた。自分はサインして印鑑を押しただけだ」ということで、最初の被害届から
して警察主導なんですこの事件。

ちなみに、この貼り札もおととしの12月から貼り出したものなんです。つまり、自衛隊のイラク
派遣について世論の色んな意見があったときに、防衛庁がこういう貼り札を貼って罠をかけた
としか言いようがないような事件なんですね。

それからずっと三人の活動を監守してたんです。で、2月の27日に検挙ということになったと
いう事件なんだけども、しかし、この高裁判決の論理を真に受けると、こういうケースじゃなく
ても、およそ管理者の意思に反してこういうところに立ち入ったら犯罪になってしまうというので
とんでもない論理を作ってしまったと思うんだけど、で、但し、集合住宅と言えどもやっぱり、
例えば、ビラ配りをやめさせたいという風にみんなが思ったとすれば、やめさせることが出来る
と僕は思います。それは、これが居住者の総意に基づいてる場合です。

例えばね、マンションだったら管理組合とか色々あるでしょう、そういうところでちゃんと議論が
なされて、やっぱりここには立ち入ってもらっては困る、ということで、そういう風にちゃんと
住民が議論してビラ配りはやめさせようというようなことがあった場合、それを無視して立ち
入ったら、やはりこれは住居侵入罪になるだろうな、ということで、少なくとも、集合住宅には
ビラを受け取りたい人もいれば受け取りたくない人もいる。「あまり受け取りたくないけどまぁ
いいか」という人もいる。実際この官舎にもそういうこと言った人いるんです。オフレコにしか
ならないことなんだけど。

だけどもね、みんなが「やめさせよう」ということで、住民の総意で拒否しているといった場合は
これはそこに立ち入ったら僕は住居侵入罪になると思うんですね。だから、そういうことも考え
て住民の意思と管理者の意思がどういう関係にあるのかってことも、よくよく考えなくては
いけない。という事件なのに、この高裁判決は全然そういう論理がないんです。

あと、例えばね、さっきの葛飾の事件だけど、あれは普通の民間のマンションなんだけど、
ある人は「うちにはビラ入れないでください」と言ってるにも関わらず、繰り返し投函した場合
には、これはちょっと問題になるだろうなと。住居侵入罪が成り立つかどうかは別として、
やっぱりそれは良くないと思う。

或いは、例えば、最近多いマンションみたいに、オートロックになってて、暗証番号なんかを
入れないと中に入れないといった場合にね、住民と一緒にすり抜けて入ったりしたらこれは
住居侵入罪になると思います。こういうオートロック式の入口があるってこと自体が、そこに
住んでる人たちは、「ここから中には立ち入らないでくれ!」っていう意思表示をしたとみなせる
からです。

でも、要するに、そういう風に住居の形態とか色んなことを考えなくちゃいけない。まぁ僕
なんかも実はプライベートでビラ配りなんか時々するんですね。で、そういうときに例えば
管理人さんがいたら、管理人さんに「こういうビラなんですけど良いですか」って言って、
「良いよ」っていう管理人さんほとんどいないんだけれども、それで例えばそこに管理人さんが
いて、その人が「ダメ!」って言ったら、それ無視して配ったらやっぱりそれは住居侵入罪に
なるだろうと思う。


もけれども、この自衛隊の官舎の場合、別に管理者っていってもその場にいたわけじゃない
んです。全然、ここに管理人がいる、とかそういう建物じゃない。っていうわけなので、ちょっと
これで住居侵入罪にするのはひどい、非常に厳しい事件だろうなと。

で、そういう風に考えていくと、何でこの事件、手作りのビラを昼11時半ぐらいから30分程度
の間に三人で手分けして八個ある建物に、一軒に一枚ずつ玄関の扉のポストに入れてった
ということが犯罪とされたのか、と。

要するに、「被告人たちが配ったビラが不快感を与えた」と高裁判決は言ってるんですね。
「被告人たちの配ったビラが住人たちに不快感を与えていた。だから管理者が立ち入り禁止
したんだ」という論旨になっているんだけども、東京新聞の僕のコメントで書いてるけれども、
不快感というのは、犯罪の被害とは違うということです。

不快なものって沢山あると思います。だけども犯罪の被害と違う。しかも、この不快感というの
は、ビラの内容に対する不快感だという風に判決は言ってるんですね。

要するに、自衛隊の人が住んでるところでね、「イラク派遣に反対しましょう!」というような、
「一緒に考えましょう!」という風なビラを配ったことが、そのビラの内容に住人が不快感を
抱いたと。

抱いたかどうかは、実は確認とれてない。警察に促されて被害届を出した人が何人かいるん
だけども、ただその不快感を取り除くために管理者が立ち入り禁止にしたっていう理屈なんだ
けども、だから結局管理者の意思になっちゃうんだけども、不快感とは犯罪の被害とは違う
んです!

例えば、最近の東京都の緊急治安対策本部っていうのがあるんだけども、そこが「人が不快
に思う行為を何とかしよう!」っていうので挙げているものとして、例えば、電車内での女性の
化粧だとか、或いは理由もなくタムロすることだとか、そういうこと挙げてるんですね。

でも、やっぱりそれは犯罪とは違うんです。

基本的には、なるべく不快感を与えないように生きたほうがいいかとは思うけど、人間生きて
る以上どうしても人に不快感与えちゃう生き物だと僕は思ってるんだけども、少なくともこれ
犯罪の被害と違う。

とすると、実はこの事件では、もしかしたら不快感持った人いるかもしれません、この三人の
被告人のビラ配りに、ビラの内容に。だけども、不快感持ったかもしれないけど、実は何の
被害もないんです。誰の権利も侵害されてない。

ということなので、そもそも「表現の自由が尊重されるべきものとしても、そのために他人の
権利を侵害してよいことにはならない。」って言うけれども、権利侵害があったとはちょっと認め
にくい、認められないと僕は思ってるんです。

特に、管理者の意思だけを問題にしているのは非常に問題だということです。住人の総意で、
みんなで議論して「ちょっとビラ配りやめさせよう」っていうので、そういう掲示があったり、或い
は「この官舎の住人で話し合って、こういうことになってるんでやめてください!」というような
ことがあったならばともかくとして、そういうことも何にもないケースで、しかも管理者といっても
管理人みたいに、いる訳でもなんでもない。

はっきり言って、事件がわかるまで、どこの号棟の管理者が誰かっていうことすらもわからな
かったような事件ですので、基本的にはちょっと、この高裁判決を細かく分析していくと、ここ
ニ・三日それをやってたんだけど、実は個々の住人の住居権は何も侵害してない。で、高裁判
自体が「ここは住居じゃない」って言ってるんです。「邸宅だ」って言っている。邸宅っていって
も一般の考え方と違うかもしれないけど、まぁ、ということで個々の住人には何ら被害を与えて
いない事件なんですね。

だから、表現の自由としても他人の権利を害しちゃいけない、と言うのは、一般論としてはその
通りだと、だけれども、この三人の行為によって不快感を与えた可能性はあります。だけれど
も、「権利を侵害した」と言えるほどのことはあるのか、っていったら、たぶん無い、という風に
僕は考えています。

皆さんに考えて欲しいのは、まぁ例えば色んなアルバイトでね、ビラ配りした人もいるだろうし、
或いは自分の家にいっぱいビラが入ってて「こんなに迷惑だな・・・」と思ってる人もいるかも
しれませんけど、確かに迷惑かもしれないです。

僕なんか2・3日家空けて帰ってくると、もうポストがビラの山、ビラとか郵便物で。で、「面倒
くさいなぁ」なんて思って、しかも荷物もって帰ってくるときにね、ポスト開けたらガラガラガラ
っと落ちちゃったりして、「迷惑だなぁ」とか思うけど、だけどそれは犯罪か?ってことです。

で、さっきDVDにもあったけど、自衛隊自身がビラ配ってたんです。で、これ実は僕の家に
入れられたものです。だから、僕は自衛隊に電話かけて「これおたくが配ったんですか?」
って言うと「そうだ」ってことで、じゃあこれ裁判で証拠にしようってことで、他の憲法学者とか
国立の市議の人の家にも入ってたから「自衛隊だってビラ配ったじゃないか!」っていうような
形でね、一審で裁判をしてったということで、一審は無罪になったんだけど、控訴審で、有罪に
なってるってことなんです。

ちなみにさっきのビラ、去年の1月からね、まるまる2ヶ月誰にも言わずこっそり「いったいうち
にはどれぐらいのビラが入ってるんだろう」ってことで、全部取っておいた。で、それをパンッと
出して、「こんなにビラ入ってるよ」というのでね、全部で四十何枚かな、あって、下の集合
郵便受に入ってたのもあるし、自分の住んでる階のポストに入ってたのもいくつもあります。
政治家のビラも、地元選出の国会議員のビラとかも入っていました。

そういう風に、日常的に、みなさんビラに接してると思うわけですね。その中で、僕は東京
新聞、実は共同通信のコメントに答えたのが東京新聞に掲載されたということなんだ
けれども、「ビラ撒きという日常的な行為を犯罪としてる、市民感覚から大きく外れたひどい
判決だ」と、言いたい放題言ったんですけど、そういうね、普段皆さんも配るにせよ受け取るに
せよビラっていうものには接してると思います。で、迷惑だと思う人もいると思います。特に
女性だったらね、ピンクチラシの類が入っていたら迷惑だと思うでしょう。

僕の考えではピンクチラシっていうものは内容によっては風俗営業妨害になるし、内容に
よっては女性に対する差別表現だと思うから、違法性があると僕は思ってます。それは住居
侵入ではなくて、差別表現だということで。

だから僕はピンクチラシは何らかの規制をかけてもいいんじゃないかと実は思ってるんだ
けれども、まぁそれはさておき、こういうね、政治的なビラだとかについて、しかも日常行われ
てる中で政治的ビラについて、この事件だけじゃなくて今の政府の、例えばイラク派遣に
ついて反対する、或いは「憲法9条守ったほうがいい」という風に言ってる政党や、こういう
小さな市民グループのビラだけがどんどん検挙されてる、逮捕・起訴されてるという、民主
主義上極めて深刻な問題だと思うので、是非ですね、ビラを配るということがどういうことなの
か、と。迷惑だと思う人もいるでしょうけど、本当にこれ有罪判決にしていいのか、ってこと。

で、もしこれ有罪判決で確定していくってことになると、さっき言ったようにビラ配りが出来ない
社会になっていくかもしれないし、もうひとつは、受け取る側にしても、多分ね、公権力です
から政治的なビラだけを狙い打ちにしていくでしょう。ピザ屋さんや寿司屋さんのビラが逮捕
されるってことはまず無いと思うけれども、高裁判決の理屈からしたらば、それでもね、誰かが
被害届を出せば、検挙して起訴すべきことになるというわけです。そうすると、集合住宅に
住んでる人にとっても、何の情報も届かない社会になっていく。

たとえばみなさんの中にも地方から東京に出てきたって人がいるでしょう。とりあえずビラが
投函されてくる、ピザ屋さんとか寿司屋さんとかそういうのが入ってきたり、地域の議員さん
とか市の広報とかが投函されてきたとする。それで「ここの地域にはこういう議員さんがいる
んだ」とか「ここの市では今こういうことが問題になってるんだ」とかがわかるわけですよね。

そういうのが無くなっちゃう社会を考えると、それはやっぱりおそろしい話なので、法理論的に
見ても非常に問題があるけれども、民主主義社会ってのがね、こういうビラ配布が有罪に
なるっていう風な社会になると、非常に深刻に傷つくことになるという風に僕は考えています。

とりわけ、どんな政府であれ、今は自民党と公民党の連立政権だけど、例えば今 野党の
社民党や共産党が政権を取ったとしても、どんな政府であれ、権力の座に就いた人ってのは
自分達に批判的な言論ていうのは弾圧したがるものなんですね。

なので、やっぱりそこのところは立憲主義の基本体に戻って、少数の意見とはいえども、内容
自体が人を傷つけるようなビラでない限りは基本的には自由に出されるべきだと考えています。

権力者っていうのはこういう形でね、自分たちとは違う意見を持った、自分たちに批判的な
人ってのを、別に日本政府に限らず、どんな政府であれやっぱりこういうのを弾圧するという
傾向がありますので、こういうのをしっかりと市民が監視していかないと、民主主義社会って
いうのが壊れてしまうということになるということです。

そういうのを僕は非常に危惧してるんだけど、実は法廷に入って10分ぐらいで判決言い渡し
終わっちゃったんですね。で、「えっ!」と思って。最初有罪・違憲判決を破棄するって言って、
罰金刑って言うから、人を罰金刑にする以上よっぽどの理由をちゃんと言うんだろうな、と
思ったら、ちょっとこれ判決の本文ではないんだけど、極めて大雑把なことしか書いてない
ということなんですね。

っていうことなので、「ちょっと待てよ・・・」と思って。新聞各紙もやっぱり危惧の念を表明して
います。もちろん新聞各紙が危惧の念を表明してるからって正しいとは限らないけど、例えば
これから憲法改正するってときに、憲法9条の改正に賛成の人も反対の人もいるでしょう。
で、そういうときに「憲法9条改正しよう!」っていうビラとか「改正すべきじゃない!」っていう
ビラとかをね、色んな人に撒いたりする。そしたら「改正すべきじゃない!」と言ってるビラを
撒いてる人だけが検挙されていくと。

こんな不公平なやり方でデモクラシーは成り立たないです。たとえ少数者であっても、多くの
人が違和感を持つような主張であっても、基本的には受け入れていくっていうことが非常に
大事になっているでしょう。

ということで、最高裁の判決が出るまでどれぐらい時間がかかるのかわからないけど、被害が
有るのか無いのかというようなところが争いになってるような事件なんだけども、民主主義
社会にとっては非常に重要な意味をもつ裁判です。

で、この事件に続いて葛飾のマンションでビラ配った僧侶の人が逮捕された事件だとか、国家
公務員法違反で逮捕された事件とかの判決が、いくつかどんどん出てくると思うので、これ
から数年間ビラ配りに対する司法判断ていうのが、次々とかはわからないけど、年に一つ
二つは出てくるでしょう。

そのような形になるので、ぜひ注目して欲しいなということです。何よりも、僕は個人的に許せ
ないと思ったのは、この三人別に自衛隊に危害を加えようと思ったわけじゃないんですね。

「一緒に考えましょう!」と。「やっぱりイラク派遣はおかしいんじゃないの?」と。

言ってみればコミニュケーションを図っただけなんです。まったく適法な行為だと僕は思うわけ
ですね。そういうこともあるので、今の日本社会全般に、こういう事件だけじゃなくて、立場の
違う他人とコミニュケートする、この三人にとっては自衛官はまったく立場の違う人でね、と、
イラク派遣の問題についてコミニュケートしようということで、ちゃんと自分たちの団体の連絡
先も書いていたんですね。もしや自衛官からの連絡があればなぁ、という感じで配ってた。

ということで、こういう事件に限らず、人とね、特に自分と違う考えとか、或いは違う立場にいる
人たちとコミニュケートするってことが凄い蔑(ないがし)ろにされてる社会だと思うので、民主
主義社会がこのままだと崩壊してしまうという比較的深刻な危惧を僕は持っています。

ので、ダラダラと話してもあれだけど、ちょっと新聞記事見て色々考えてみてください。週刊誌
なんかでも取り上げるとこ出てくると思うので。新聞は9日の夕刊や10日の朝刊(2005年12
月)なので、読んでなかったなと思う人はどういう風に書いてあるかちょっと見てみてください。

ということで今日終わりにします。

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by Tak_Hi | 2005-12-14 23:52 | 憲法